体験記 No. 103

消したフリーペーパーから、いちばんいいお客さんが来ていた

案件結婚式場運営・8会場/広告宣伝費の配分と効果測定の再設計
話の中心中間報告
語り手真木 瑞穂 / 29歳・入社6年目
読了約8分 · 5,500字
案件の時間軸 ―― 着任から最終報告までの、ひと通り
アサイン
立ち上がり
仮説構築
中間報告
最終報告
来館単価は三万八千円と九千円年間1,180組

来館の単価がいちばん高い媒体を止めた。半年後に、そこから来ていた人の成約率が社内でいちばん高かったと知った――真木が、四億二千万円を並べ替えた六ヶ月の記録。

来館一件あたりの広告費は、いちばん高い媒体で三万八千円だった。

いちばん安い媒体で、九千円。

四倍以上ちがう。

この二つの数字を会議で出したとき、会場の支配人の一人が「そんなに違うんですか」と言った。

社内で、誰も計算していなかった。

真木です。二十九歳。入社して六年目になる。

アサイン ―― 二月

クライアントは、結婚式場を八つ運営している会社だった。

地方の中核都市に四つ、首都圏の郊外に四つ。

年間の施行が、千百八十組。売上は百九十億円。

広告宣伝費が、年間で四億二千万円。売上の二・二パーセントにあたる。

依頼は、この四億二千万円の配り方を見直してほしい、というものだった。

きっかけは、前の年の施行数が千二百六十組から千百八十組に減ったことだ。

減ったのに、広告費は増えていた。前の年は三億八千万円だった。

四千万円増やして、八十組減った。

フィーは二千四百万円。期間は六ヶ月。チームは四人。

マネージャーの浦辺さんと、私と、三年目と一年目。

私は六年目で、この案件では現場に出る側の責任を持っていた。

この会社に入る案件は、二月の第二週に決まった。

前の案件が一週間早く終わって、ビーチに入りかけたところだった。

ビーチは三日で終わった。浦辺さんから電話が来たのが、金曜の十九時だ。

「ブライダル、行けます?」と聞かれた。

行けますと答えた。断る理由がなかった。

業界のことは何も知らない。土日に、式場の情報サイトを三時間くらい見た。

見て分かったのは、どの式場も同じような写真を出していることだった。

同じような写真の中から、人はどうやって一つを選ぶのか。

それが、この案件のあいだずっと、私の頭にあった問いだった。

答えは、六ヶ月やって出なかった。

立ち上がり ―― 数字がない

最初に、媒体ごとの実績を出してほしいと頼んだ。

出てきたのは、媒体ごとの支払額の一覧だった。それだけだ。

媒体ごとに何件の来館があったか、という数字は、揃っていなかった。

揃っていない理由を調べた。

来館の予約が入るとき、どこを見て来たかを入力する欄はある。

ただ、その欄に入るのは、予約の経路だった。大手の情報サイト経由か、自社のサイトか、電話か。

自社のサイトから入ってきた人が、もともと何を見てそのサイトに来たかは、残っていない。

電話の人は、なおさら分からない。

年間の来館が、八会場で合計六千四百件ある。

そのうち、経路が「自社サイト」または「電話」になっているのが、二千九百件だった。

半分近くが、出どころ不明だ。

広告費の内訳も、最初に整理した。

四億二千万円のうち、大手の情報サイトへの掲載料が二億六千万円。全体の六割を超える。

残りの内訳は、地域のフリーペーパーが二千六百万円、折込のチラシが四千百万円、交通広告が二千二百万円、自社サイトの運用と広告が五千四百万円、その他が千七百万円だった。

情報サイトの二億六千万円は、八会場ぶんの掲載の枠の料金だ。

枠には等級がある。上の等級にすると、検索の結果で上のほうに出る。

上の等級にすると、料金が上がる。

去年増やした四千万円は、ほとんどこの等級を上げるために使われていた。

上げた会場が三つ。そのうち二つは、施行数が減っていた。

この話を販促の部門の方にすると、「上げないと、他が上げるので下がります」と言われた。

下がるというのは、相対的な位置のことだ。

全員が上げ続けると、全員の位置は変わらない。費用だけが増える。

そのことは、その方も分かっていた。

分かっていて、止められないという話だった。

来館カードを読む ―― 三月

出どころ不明の二千九百件を、どうにかしたかった。

紙があることに気づいたのは、三会場目に行ったときだった。

来館した人は、最初にアンケートのような紙を書く。

その紙に、「当式場を何でお知りになりましたか」という欄がある。

選択肢が九個あって、複数選べる。

この紙は、会場のバックヤードの棚に、月ごとに束ねて置いてあった。

システムには、入力されていない。

八会場ぶん、一年ぶん。六千四百枚ある。

全部は無理なので、三ヶ月ぶんをサンプルにすることにした。千六百枚くらいだ。

一年目の人と三年目の人と私で、手で入力した。

四日かかった。

四日目の夕方に、三年目の人が「この作業、意味ありますか」と聞いた。

意味はある、と私は答えた。

答えたが、そのときは半分くらいしか確信がなかった。

分かったこと

千六百枚を集計して、三つのことが分かった。

一つ。大手の情報サイトを「見た」と答えた人は、全体の七十一パーセントだった。

ただし、そのうちの四割は、他の選択肢にも丸をつけていた。

つまり、情報サイトだけを見て来ている人は、半分もいない。

二つ。「地域のフリーペーパー」に丸をつけた人が、十一パーセントいた。

このフリーペーパーには、年間で二千六百万円払っていた。

来館の件数に割り戻すと、一件あたり三万八千円になる。これがいちばん高い媒体だった。

三つ。「友人・親族の紹介」が、十八パーセントあった。

これには、広告費が一円もかかっていない。

この三つを、四月の報告で出した。

中間報告 ―― 五月

中間の報告で出した案は、こうだった。

来館一件あたりの単価が高い媒体から、順に減らす。

いちばん高いのが地域のフリーペーパーで三万八千円、次が折込のチラシで二万四千円。

この二つを合わせて、年間三千四百万円。

これを削って、大手の情報サイトでの掲載の枠を上げることと、自社サイトの作り直しに回す。

計算上は、同じ金額で来館が四百件くらい増える。

会議室に、十四人いた。役員が三人、本社の販促の部門が四人、八会場の支配人のうち七人。

この案に、反対が出た。

反対したのは、地方の会場の支配人の一人だった。四十六歳の方で、その会場に十一年いる。

その人は、「あの冊子を見て来る人は、決まる人です」と言った。

決まる人、というのは、成約する確率が高いという意味だった。

私は、データを出してくださいと言った。

その人は、「真木さん、データはないです」と言った。

それから、「でも、分かります」と言った。

分かります、では配分は決められない。

私は、そう言った。言い方は、たぶんもう少し丁寧だったと思うが、中身は同じだ。

その人は、それ以上言わなかった。

成約率は、測れなかった

会議のあと、浦辺さんに言われた。

「成約率、媒体別に出せませんか」

出せないか、やってみた。

来館カードには、名前と日付が書いてある。

成約の記録は、別のシステムにある。こちらにも名前と日付がある。

名前で突き合わせれば、繋がる。

やってみた。

千六百枚のうち、成約の記録と繋がったのが、六百二十件だった。

残りは、名前の表記が違う、日付がずれている、そもそも成約していない、のどれかだ。

六百二十件では、媒体別に割ると一つあたりが数十件になる。

数十件だと、成約率の差が偶然なのか本物なのか、分からない。

浦辺さんは、「これは出せないですね」と言った。

出せないので、中間報告の案は、来館の単価だけで組んだまま最終に持っていくことになった。

このとき、私は「出せない」と「ない」を同じものとして扱った。

会場を歩く

四月と五月で、八会場を二周した。

会場は、広い。披露宴の会場と、挙式の場所と、控室と、衣裳の部屋と、打ち合わせのブースがある。

案内してもらうと、一会場で四十分くらい歩く。

二周目のとき、右の踵に靴擦れができた。

絆創膏を貼って、その上からストッキングを履いていた。

四会場目で絆創膏がずれて、痛かった。

痛いまま、五会場目の支配人の話を聞いた。

その人が言ったことを、私はメモに取っていない。

取っていないのは、その日のメモの最後が「靴」で終わっているからだ。

支配人の一週間

六月に、一会場に一週間通った。

通った理由は、来館カードの入力を誰がやれるかを見るためだ。

見て分かったのは、土日の会場に、手の空いている人が一人もいないことだった。

土曜日は、来館の予約が一会場で十二組から十八組入る。

一組あたり、二時間半から三時間かかる。会場の案内、見積もり、衣裳の説明。

プランナーの方は、一日に三組を担当する。間の時間に、次の組の資料を印刷している。

その印刷をしている五分のあいだに、私は話を聞いた。

二十七歳の方で、入社して五年目だと言っていた。

「カードは、読んでますか」と聞いた。

読んでいる、と言われた。

接客の前に、必ず目を通すらしい。何を見て来たかで、話の入り方を変える。

情報サイトを見て来た人は、他の式場も三つくらい回っている。だから、比較の話から入る。

フリーペーパーを見て来た人は、地元の人が多い。親の話から入ることが多い。

この話を聞いたとき、私は手帳に書いた。

書いたが、中間報告の資料には入れなかった。

一人の話だったからだ。

最終報告 ―― 七月

最終の報告で出したのは、三つだ。

一つ、媒体別の投資の配分の案。フリーペーパーと折込を削り、情報サイトと自社サイトに寄せる。

二つ、効果を測る仕組みの設計。来館カードをシステムに入力する運用と、成約の記録との紐づけの方法。

三つ、会場ごとの目標の置き方。

役員の方は、「やりましょう」と言った。

決まったのは、一つ目だけだった。

二つ目は、入力の手間を誰が持つかで止まった。

会場のスタッフは、土日は手が空かない。本社でやるには、紙を送る必要がある。

送る運用を作るところまでは書いたが、始めるかどうかは決まらなかった。

三つ目は、評価の制度に関わるので、来年の課題になった。

つまり、測る仕組みができないまま、配分だけが変わった。

自分の見積もり

六月に、自分の結婚式の見積もりを取りに行った。

案件とは関係のない、別の会社の式場だ。婚約していて、翌年の春を考えていた。

担当の方が、見積もりの説明をしてくれた。

その説明の順番が、私が資料に書いた「望ましい提案の流れ」と、ほとんど同じだった。

総額を先に出さず、基本のプランから積み上げる。写真と衣裳は、後半に出す。

私が書いたものが、その会社に伝わっているわけではない。

同じことを、業界の誰もがやっている、というだけだ。

説明を聞きながら、私は金額を見ていなかった。

順番を見ていた。

帰り道で、それを少し嫌だと思った。

総額は、三百二十万円だった。私の年収は七百四十万円で、家賃は九万八千円だ。

生活 ―― 二十九歳

この案件の稼働は、月に四十五時間から六十時間くらいだった。

炎上はしていない。している案件を他に知っているので、そう思う。

ただ、土日に会場に行くことが、六ヶ月で十一回あった。

振替の休みは取れるが、取ると平日の資料が止まる。

結局、十一回のうち七回は振替を取らずに流した。

身体の話を二つ。

一つは、靴擦れだ。会場を歩く日のために、二足目のパンプスを買った。

一万四千円のもので、底が柔らかい。それでも、五会場目で痛くなる。

二つ目は、手だ。

来館カードを千六百枚めくる作業で、右手の親指の腹が乾いた。

紙をめくるゴムのキャップを、一年目の人が買ってきてくれた。四個で二百八十円だった。

四個のうち二個は、まだ家にある。

後記 ―― 半年後

翌年の一月に、浦辺さんから連絡があった。

フリーペーパーを止めてから、半年の実績が出たという話だった。

来館の件数は、増えていた。年に換算して三百二十件くらい増える見込みだという。

成約の件数は、増えていなかった。

正確には、八会場の合計で、前の年の同じ時期より十一組減っていた。

本社の販促の方が、来館カードの入力を、一会場だけ自主的に始めていた。

始めたのは、あの地方の会場だった。十一年いる支配人のところだ。

その会場の半年ぶんのデータで、媒体別の成約率が出た。

いちばん高かったのが、地域のフリーペーパーだった。

二番目と、十ポイント以上離れていたらしい。

一会場ぶんの、半年のデータだ。それで全部が決まるわけではない。

決まるわけではないが、あの人は「分かります」と言っていた。

私は、データを出してくださいと言った。

言ったこと自体は、間違っていないと思う。

間違っていたのは、データが出ないと分かった時点で、止める判断を先延ばしにしなかったことだ。

止めるのは、測れるようになってからでもよかった。

浦辺さんは、「来期、戻すかどうかを検討するそうです」と言った。

戻すかどうかは、私はもう関わっていない。

いまは別の案件にいる。学習塾の会社の、教室の採算を見る仕事だ。

来館カードのような紙が、この会社にもあった。

今度は、最初に探した。

ことわり

この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。

しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。

この話の翌週、あなたなら何をする?

同じ現場に立ったとき、どう動くタイプなのか。16問で当たりをつけられます。

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