体験記 No. 105

三十五分の面談のために、三週間待ちました

案件地方空港運営会社・路線誘致と非航空収益の再設計
話の中心アサイン
語り手比留間 / 35歳・中途3年目(前職・旅行会社の仕入)
読了約8分 · 5,500字
案件の時間軸 ―― 着任から最終報告までの、ひと通り
アサイン
立ち上がり
仮説構築
中間報告
最終報告
面談は三十五分年間旅客78万人

前の会社では、席を買う側にいました。買う側の経験は、誘致にはほとんど役に立ちませんでした――比留間が、年間旅客七十八万人の空港で過ごした八ヶ月の記録。

面談は、三十五分でした。

その三十五分のために、三週間待ちました。

待っているあいだに作った資料が、六十二枚です。

使ったのは、九枚でした。

比留間です。三十五歳。中途で入って三年目になります。

アサイン ―― 三月

クライアントは、地方の空港を運営している会社でした。

官と民が出資している会社で、従業員は八十四人です。

年間の旅客は、七十八万人。定期の路線は二つあります。

依頼は、路線を増やすための計画と、航空以外の収入を増やす計画を作ることでした。

委託の金額は千九百万円。期間は八ヶ月。

チームは三人です。マネージャーの波木さんと、私と、二年目の人。

私がこの案件に入ったのは、前職が旅行会社だったからです。

旅行会社では、仕入れの部門にいました。航空券の座席を、まとめて買う仕事です。

波木さんは、「比留間さん、航空会社の人と話せますよね」と言いました。

話せます、と答えました。

話せますが、立場が違うことを、そのときの私はまだ分かっていませんでした。

買う側と、来てもらう側

旅行会社にいたとき、私は航空会社の営業の方と、月に何度も会っていました。

会って、座席の値段の話をします。

こちらは買う側です。買う量が多ければ、相手は会ってくれます。

誘致は、違いました。

空港が航空会社に払うものは、ほとんどありません。

むしろ、航空会社が空港に着陸料を払います。

つまり、空港は売る側ではなく、買ってもらう側ですらなく、場所を貸す側です。

場所を貸す側が、借りてくださいとお願いする。

この構造を、私は最初の一ヶ月で理解しました。

理解するのが遅かったと思います。

三週間、待ちました

最初にやったのは、就航の可能性がある航空会社を並べることでした。

国内の会社が六社、近隣の国の会社が四社。

このうち、現実的に話ができそうなのが、三社でした。

三社に、空港会社の路線企画部長の方の名前で、面談を申し込みました。

申し込んだのが、四月の第二週です。

一社目から返事が来たのが、四月の末。会えたのが、五月の十六日でした。

申し込みから、三週間と少しです。

この三週間のあいだ、何をしていたかというと、資料を作っていました。

需要の推計、周辺の人口、既存の路線の搭乗率、企業の出張の需要。

六十二枚になりました。

波木さんは、資料を見て「多いですね」と言いました。

多いですが、何を聞かれるか分からない、と私は答えました。

波木さんは、「何を聞かれるかは、だいたい決まっています」と言いました。

そのときは、意味が分かりませんでした。

面談 ―― 五月十六日

相手は、支店長の方でした。四十代の後半に見えました。

会議室に入って、名刺を交換して、座るまでが二分。

先方が「すみません、十六時から別件がありまして」と言いました。

十五時二十五分に始まって、十六時ちょうどに終わりました。三十五分です。

聞かれたのは、三つでした。

一つ、この空港から飛ばした場合、片道あたり何人乗るのか。

二つ、その数字の根拠は何か。

三つ、空港と自治体は、何を負担するのか。

三つ目が、いちばん長く話されました。

着陸料をどれだけ減らすのか。広告の費用をどちらが持つのか。搭乗率が一定を下回った場合に、どうするのか。

私たちの資料に、三つ目の答えは入っていませんでした。

入っていなかったのは、自治体との調整がまだだったからです。

支店長の方は、「決まってから、また」と言いました。

そのとき使った資料が、九枚です。需要の推計の部分だけでした。

残りの五十三枚は、開きませんでした。

何を聞かれるかは、だいたい決まっている

帰りの車の中で、波木さんが言いました。

「向こうは、機材を一機どこに飛ばすかを決めてるんです」

航空会社が持っている機体の数は、決まっています。

その一機を、この空港に回すか、別の路線に回すか。比べているのは、他の空港です。

だから、聞かれるのは「他より良い条件か」だけだ、ということでした。

私は、この空港の良いところを六十二枚で説明しようとしていました。

比べる相手が他の空港だと分かっていれば、資料は九枚で済みます。

この日から、作る資料が変わりました。

二社目と三社目

一社目の面談のあと、二社目に会えたのが六月の下旬でした。

こちらは、四十分でした。

聞かれたことは、一社目とほとんど同じです。

違ったのは、最後に「夏だけ飛ばす形でも検討しますか」と聞かれたことでした。

季節の限定の運航です。通年ではなく、夏の二ヶ月だけ飛ばす。

空港会社にとっては、通年のほうがいいに決まっています。

ただ、断る理由はありません。

その場で「検討します」と答えました。

答えてから、これは誘致なのか、それとも値切られているのか、分からなくなりました。

三社目は、会えませんでした。

四回申し込んで、三回は「担当者が不在」、四回目は返事が来ませんでした。

波木さんは、「これは、ないということです」と言いました。

ないという返事は、来ません。来ないことが返事だ、ということでした。

旅行会社にいたときは、断るときは断っていました。

断らないほうが楽だ、という場面に、私は立ったことがありませんでした。

自治体との調整 ―― 六月から八月

着陸料の減免と、搭乗率が下回った場合の補助。

この二つを、県と、空港のある市と、近隣の三つの町に説明して回りました。

六月から八月で、説明の場が十四回ありました。

一回あたり、一時間から二時間です。

出てくる質問は、ほとんど同じでした。

「この路線で、うちの町に何人来るのか」

答えは、出せません。

路線ができたとして、乗る人のうち何人がどの町に行くかは、推計するしかありません。

推計はしました。観光の入込の実績から按分する方法です。

按分の根拠は、弱いです。弱いことは、説明の中で言いました。

言うと、「じゃあ、分からないということですね」と言われます。

そのとおりです、と答えるしかありませんでした。

十四回のうち、四回は、それで終わりました。

航空以外の収入

路線の話と並行して、航空以外の収入を見ました。

この空港の収入は、年間で二十二億円です。

内訳は、着陸料などの航空の収入が九億円、残りの十三億円がそれ以外でした。

それ以外の内訳は、駐車場が四億二千万円、ターミナルのテナントの賃料が三億八千万円、貨物の取り扱いが二億一千万円、広告とその他が二億九千万円です。

駐車場を見ました。

収容が千二百台で、繁忙期は満車になります。

料金は、一日あたり五百円です。近隣の民間の駐車場は、四百円でした。

安いほうに流れています。

民間の駐車場の台数を、二年目の人に数えてもらいました。

空港から徒歩十五分以内に、六ヶ所、合計で八百四十台ありました。

この八百四十台のうち、どれくらいが空港の利用者かは、分かりません。

分からないので、一日の時間帯ごとに、入出庫を数えました。

二年目の人が、三日間、朝六時から夜十時まで数えました。

寒くはない季節でしたが、七月の日中は暑かったはずです。

その人は、数えた紙を私に渡すとき、「意味、ありますか」とは言いませんでした。

言わなかったことを、私は覚えています。

テナントの賃料

ターミナルのテナントは、十九区画あります。

契約を全部見ました。

十九のうち、十四が固定の賃料でした。売上に連動する形は、五つだけです。

固定の賃料の単価は、平方メートルあたり月に四千二百円から六千八百円の幅がありました。

幅がある理由を聞くと、「入った時期によります」と言われました。

いちばん古い契約は、二十一年前のものでした。

その区画の単価は、四千二百円です。いちばん安い。

いちばん売れている店でした。

このことを資料に書くかどうかで、波木さんと議論しました。

書くと、その店の賃料を上げるべきだ、という話になります。

上げると、出ていくかもしれません。出ていくと、区画が空きます。

空いた区画を埋められる見込みは、ありませんでした。

結局、書きました。書いたうえで、「改定は契約の更新の時期に、段階的に」と添えました。

添えたことで、たぶん実行されないだろうと思いました。

中間報告 ―― 九月

中間の報告で出したのは、路線誘致の条件の整理と、非航空の収入の改善の案です。

路線のほうは、三社のうち一社が「検討はする」という段階でした。

残りの二社は、面談のあとに動きがありません。

非航空のほうは、四つの案を出しました。

駐車場の料金を六百円に上げて、送迎の短時間の枠を無料にする。

テナントの契約を、更新時に売上連動に寄せる。

貨物の上屋の空いている部分を、物流の会社に貸す。

ターミナルの二階の通路に、広告の枠を八つ増やす。

合計の効果が、年間で八千四百万円という試算でした。

社長の方は、「駐車場は、反対が出るよ」と言いました。

出ました。十月の役員会で、駐車場だけが保留になりました。

搭乗橋の下

九月に、空港の現場を一日歩かせてもらいました。

搭乗橋の下まで行きました。

飛行機が着いて、人が降りてくる。その動線を見るためです。

搭乗橋の下は、風が通ります。九月でしたが、寒かったです。

作業をしている方が、「冬は、ここが一番きついです」と言いました。

その日、飛行機に乗って帰りました。

離陸のあと、耳が抜けませんでした。

抜けないまま、着陸しました。

家に帰って、二時間くらい経ってから、片方だけ抜けました。

最終報告 ―― 十一月

最終の報告で出したのは、三つです。

路線誘致の提案の資料一式。自治体との負担の枠組みの案。非航空の収入の計画。

路線誘致の資料は、十一枚にしました。

六十二枚ではありません。

社長の方は、「これで、決まるんですか」と聞きました。

決まりません、と答えました。

決めるのは航空会社で、その会社が決めるのは、次の冬のダイヤを組むときです。

発表は、だいたい毎年の夏の終わりです。

今は十一月なので、答えが出るのは、十ヶ月くらい先になります。

社長の方は、「長いね」と言いました。

長いです、と答えました。

生活 ―― 三十五歳

年収は八百六十万円です。前職より二百四十万円上がりました。

前職で席を仕入れていたころ、自分が扱っていた座席の単価は二万円台でした。

いま、自分の一日の単価は、それより高いです。

そのことを、案件の途中で一度だけ考えました。

考えて、考えないことにしました。

住んでいるのは、賃貸で家賃が十万八千円です。独りです。

この案件の出張は、月に二回から三回。一回で三泊か四泊しました。

空港の近くのホテルに泊まります。一泊七千四百円の部屋でした。

同じ部屋に、八ヶ月で十九泊しました。

十九泊したので、フロントの方が名前を覚えてくれました。

身体の話を二つ。

一つは、耳です。飛行機に月に四回から六回乗ると、抜けにくくなります。

耳抜きの飴を、空港の売店で買うようになりました。三百二十円です。

その売店は、クライアントのテナントでした。賃料が五千百円の区画です。

もう一つは、首です。

資料を作るときに、ノートパソコンを膝の上に置く癖がありました。

空港のロビーで待つ時間が長いので、この癖がつきました。

十月に、首が回らなくなって、二日だけ湿布を貼りました。

後記 ―― 翌年の九月

冬のダイヤの発表が、八月の終わりにありました。

その日のことは、書きません。

書かないのは、書くほどのことが起きなかったからです。

空港会社の路線企画部長の方から、十月にメールが来ました。

駐車場の料金は、六百円に上がったそうです。保留になってから、半年後に通りました。

通った理由は、近隣の民間の駐車場が、先に五百円に上げたからだと書いてありました。

テナントの契約の見直しは、二区画で始まっていました。

二十一年前からの、いちばん安いあの区画は、まだそのままです。

貨物の上屋は、物流の会社が一社、見にきたそうです。

まだ決まっていません。

メールの最後に、「比留間さんの十一枚、そのまま使っています」とありました。

十一枚は、需要の推計と、負担の条件と、他の空港との比較です。

比較の表が、いちばん見られているらしいです。

六十二枚を作った三週間のことを、ときどき思い出します。

あの三週間で分かったのは、相手が何を見ているかを、私が知らなかったということでした。

知らないまま、こちらの良いところを並べていました。

いまは別の案件にいます。港の運営会社の、荷役の仕事を見ています。

資料を作る前に、相手が何と比べているかを聞くようになりました。

聞いても、答えてくれないことのほうが多いです。

ことわり

この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。

しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。

この話の翌週、あなたなら何をする?

同じ現場に立ったとき、どう動くタイプなのか。16問で当たりをつけられます。

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