体験記 No. 94

「取引そのものはあったんです」と、部長は四回言った

案件電子部品専門商社・会計不正の事実調査(第三者委員会の下での支援)
話の中心仮説構築
語り手迫田 / 34歳・中途1年目(前職・事業会社の内部監査室)
読了約8分 · 5,300字
案件の時間軸 ―― 着任から最終報告までの、ひと通り
アサイン
立ち上がり
仮説構築
中間報告
最終報告
同じ日付の注文書が百八十七組四回言った

証明するのではなく、否定できなくするまで事実を積む――迫田が、段ボール四十一箱と千百枚の注文書をめくった六週間の記録。

注文書には、日付と、品番と、数量と、担当者の印が入っている。

私たちが見ていたのは、そのうちの日付だけだった。

三社をまたいで、同じ品番が、同じ日に、三枚の注文書になっている。

数量も同じで、単価だけが一枚ごとに二パーセントずつ上がっている。

それが百八十七組あった。

迫田です。三十四歳。この会社に中途で入って、一年目になる。

アサイン ―― 十一月の金曜

連絡は十九時過ぎに来た。パートナーの網干さんからの電話だった。

「月曜から、調査の案件に入ってもらえますか」

場所は都内。期間は、とりあえず六週間と言われた。

案件の名前は言われなかった。コードネームで呼ぶ、とだけ言われた。

私は前の会社で、内部監査室に四年いた。やっていたのは支店の現金の実査と、業務監査の調書作りだ。

不正の調査は一度だけある。経費の付け替えで、金額は百四十万円だった。

今回は売上の計上に関わるものだと、月曜の朝に聞いた。

クライアントは電子部品の専門商社で、売上は四百二十億円くらい。従業員は三百人弱。上場している。

社内の通報窓口に一通のメールが来たのが発端だった。内容は三行だったらしい。

その三行で、第三者委員会が立った。委員は弁護士が二人と公認会計士が一人。

私たちはその下で事実の調査をやる。ファームからは四人。網干さんと、マネージャーの戸田さんと、三年目の中務さんと、私だ。

金曜の夜に電話を切ったあと、私は土曜と日曜に何もしなかった。

正確には、クローゼットの整理を四時間やった。

前の会社で使っていた監査の調書の控えが、紙で残っていた。それを捨てるかどうかで、三十分迷って、捨てなかった。

月曜の朝に、その控えの表紙の様式を思い出しながら、新しいノートの一ページ目を作った。

案件のコードネームは、果物の名前だった。どの果物かは書かない。

立ち上がり ―― 十一月の第三週

最初の三日は、資料の受領だった。

段ボールが、会議室に四十一箱入ってきた。

中身は注文書、注文請書、納品書、検収書、請求書、入金の記録。あとは営業部の日報。過去四年分。

電子データもあった。基幹システムから出した取引の明細が、六十八万行。

戸田さんが、最初にこう言った。

「迫田さん、この案件で私たちがやるのは、証明じゃなくて、否定できなくすることです」

意味が分からなかったので聞いた。

「不正があったことを証明するんじゃなくて、不正がなかったという説明が成り立たないところまで、事実を積むんです」

その違いは作業の順番に出る。

先に「怪しい取引」を探すと、怪しく見えるものだけが集まる。だから先に全部の取引に同じ条件をかけて、引っかかったものを人の判断を入れずに抽出する。

抽出の条件を作るのに、二日かかった。

条件を作る

最初に置いた条件は四つだった。

一、仕入と販売が同じ日に計上されている。二、粗利率が二パーセント未満。三、商品が自社の倉庫を通っていない。四、取引の相手が仕入先と販売先の両方に名前がある。

六十八万行にかけて、引っかかったのが四千二百行だった。

多すぎる、と戸田さんが言った。

多すぎる理由は三番目だった。この会社は直送が多い。倉庫を通らない取引は、普通の商売でもたくさんある。

三番目を外して、代わりに「同じ品番が三社以上を一巡している」を入れた。

これを判定するのが面倒で、取引の連鎖を辿る必要がある。中務さんが二日でそれを書いた。品番と日付でつないで、閉じた輪になっているものだけを出す。

輪が百八十七組出た。関わっている会社は、自社を含めて九社。

金額は四年で三十一億円だった。売上の四百二十億に対して、七・四パーセント。

この数字を見たとき、私は何も思わなかった。

思わなかったことを、あとで少し気にした。

紙に戻る

数字が出たあと、紙に戻る作業が始まった。

六十八万行はシステムの記録で、記録は書き換えられる。だから注文書の紙を見る。

百八十七組の輪に含まれる注文書は、全部で千百枚を超えていた。

四十一箱の段ボールから、それを探す。箱の中は年度と部署で分かれているが、その中は日付順でもなかった。

一枚ずつめくる。三日やった。

指が乾いて、紙がめくれなくなる。

中務さんがハンドクリームを持ってきて、机に置いた。無言で置いて、自分の分も塗っていた。

紙には匂いがある。四年前の注文書の束は、少し埃の匂いがした。

めくっているうちに、気づいたことがあった。

同じ輪に入っている三枚の注文書の、注文者の名字は違うのに、日付の「7」の書き方が三社とも同じだった。横棒が入っている。

これを戸田さんに見せたら、十五秒くらい見て、「これは出さないでください」と言った。

筆跡は専門家でないと判断できない。私たちが書けるのは「同一の様式が用いられていた」までで、「同じ人が書いた」は書けない。

書きたかった。書きたいと思ったことが、少し嫌だった。

日報 ―― 十二月の第一週

輪の抽出が終わってから、営業部の日報を読む作業に回された。

四年分で、A4に印刷すると二千三百枚くらいあった。

日報は、営業の一人が一日に三行から五行書くものだ。訪問した先と、話した内容と、次にやること。

書いている人は十一人いて、書き方の癖が全部違った。

ある人は「○○商事、挨拶」で終わる。別の人は、相手の担当者の体調まで書いていた。

私が探していたのは、輪に入っている取引の日付の前後に、何が書かれているかだった。

ほとんどは何も書かれていなかった。

輪の取引の日に、日報が空欄になっていることが多かった。訪問していない取引だからだ。

ただ、一つだけ、三年前の九月の日報に、こう書いてあった。

「数量だけ確認。先方も同じ形でお願いしたいとのこと」

同じ形、が何なのかは書いていない。

この一行を、戸田さんに見せた。

戸田さんは「これは使えます」と言った。使える理由は、推定を足さずにそのまま引用できるからだった。

報告書の別紙に、この一行は原文のまま載っている。

載っているのを公表後に見たとき、私は少し嫌な気持ちになった。

この一行を書いた人は、三年前の夕方に、たぶん何も考えずに書いている。

考えずに書いたものが、三年後に別紙の百二十七ページに載る。

ヒアリング ―― 十二月の第二週

ヒアリングは弁護士の先生が主で、私たちは記録を取る側だった。

対象は十四人。営業部が九人、経理が三人、役員が二人。一人あたり二時間から三時間。

最初の対象は、元の経理課長だった。五十六歳。二年前に別の部署に移っている。

会議室は窓がない八畳くらいの部屋で、机の上に水のペットボトルが人数分置かれていた。

その人は最初の三十分、「取引そのものはあったんです」と言った。

同じ言葉を、二時間半のあいだに四回言った。

一回目は冒頭。二回目は注文書を見せられたあと。三回目は入金の記録を見せられたあと。四回目は最後に「何か言いたいことは」と聞かれたとき。

四回目のときだけ、少し声が小さかった。

弁護士の先生は四回とも否定しなかった。「はい」と言って、次の質問に行った。

私はその二時間半、ノートパソコンで発言を打っていた。

打ちながら、この人は嘘を言っていないのかもしれないと思った。

商品は、たぶん本当に動いていた。箱が倉庫から出て、トラックに乗って、別の会社の倉庫に入っている。

動いていたが、その動きには売る理由がなかった。利益が二パーセント未満で、九社を一巡して元の会社に戻ってくる。

それを「取引」と呼ぶかどうかの話だった。

部屋を出たあと、廊下で中務さんが「あの人、たぶん自分でも分からなくなってますね」と言った。

私は「そうかもね」と答えた。本当はそうは思っていなかった。

二人目は、営業部の二十九歳だった。入社七年目。

その人は、最初から全部話した。

誰に言われて、どの会社に、どの品番で注文書を出したか。日付まで覚えていた。

覚えていた理由を、弁護士の先生が聞いた。

「毎月の最後の三日に、同じことをやってたので」と答えた。

毎月、最後の三日。四年で、百四十四日ぶんになる。

その人は、途中で一度、「これ、やめたら予算が立たないんです」と言った。

言ってから、「すみません、いまは関係ないですね」と自分で付け足した。

弁護士の先生は、そこでも否定しなかった。

私はその発言を、そのまま打った。「予算が立たない」という言葉も、打った。

報告書の本編には、この発言の要旨が載っている。

中間の報告 ―― 十二月二十四日

委員会への中間の報告で、私たちが出したのは事実の一覧だった。

百八十七組の輪。関与した九社。三十一億円。関わった社内の人間が、少なくとも六人。

六人のうち三人は指示を受けた側だと見られる。

この「見られる」という書き方で、三十分議論になった。

弁護士の先生が、「見られる、は要らないです」と言った。

事実認定のパートに推定を入れると、全体の信頼が落ちる。書けるのは「Aは、Bの指示により注文書を作成したと述べている」まで。述べている、で止める。

私はそれを聞いて、調書の書き方を思い出した。

前の会社の内部監査でも、同じことを言われていた。言われていたのに、忘れていた。

四年やったことを、一年で忘れていた。

最終報告 ―― 二月十三日

調査報告書は本編が八十九ページで、私たちが書いたのは事実認定の章と別紙だった。別紙が二百四十ページある。

結論の部分は委員の先生が書いた。

公表は二月十三日の十六時で、同時に過年度の決算の訂正が発表された。

訂正の額は、売上が三十一億円の減少。利益の影響は六千万円くらいだった。

売上は大きく動いて、利益はほとんど動かない。粗利が二パーセント未満だったからだ。

この数字を見て、私はようやく、この四年のことが少し分かった気がした。

誰も、お金を取っていない。取っていないのに四年続いた。

続いた理由は売上の目標だった。営業部の予算が、毎年三パーセントずつ上がる設計になっていた。

その三パーセントを本当の商売で埋められなかった年が、四年前にあった。

ただ、これは私が思ったことで、報告書には書いていない。

原因の分析は別の章にあって、そこは委員の先生が書いている。

私が書いた章には、日付と枚数と金額しか載っていない。

生活 ―― 三十四歳

年収は八百四十万円だ。前の会社は六百十万円だった。

増えた二百三十万円ぶんが何の対価なのかは、まだよく分かっていない。

残業は、十一月が百二十時間、十二月が百四十時間。一月は八十時間、二月の頭に四十時間。十二月は土曜に四回出た。

家は川を渡ったところにあって、家賃は十一万二千円。妻と二人で住んでいる。

妻はこの案件の名前を知らない。コードネームも言っていない。「紙を数えてる」とだけ言った。

嘘ではない。

身体の話を書くと、指だった。

紙を三日めくって、右手の親指と人差し指の腹が乾いて割れた。絆創膏を巻くと紙がめくれないので、巻かずにハンドクリームを一日に六回塗った。

中務さんがくれたやつを、途中で自分で買った。三百九十円だった。

もう一つ。食事の時間が、ヒアリングの週だけ狂った。

十時から始まって、昼を挟まずに十三時近くまでやる。終わってから食べる。コンビニのおにぎり二個と、カップの味噌汁。

会議室で食べると、さっきまで人が座っていた椅子が見える。

それが二週間続いて、味噌汁を飲むと少し気分が悪くなるようになった。

いまは治っている。

後記 ―― 半年後

六月に、その会社の株価が動いたというニュースを見た。

動いた理由は調査とは関係のない、新しい取引先ができたという発表だった。

元の経理課長は三月に辞めていた。報告書の公表後の人事なので、社内の話では知らない。

辞めたことを知ったのは、転職のサイトで年齢と経歴が一致する登録者を見たからだ。偶然だった。

名前は書かない。

その人が「取引そのものはあったんです」と四回言った部屋は、窓がなかった。

窓がない部屋で二時間半話したことは、記録に残っている。

残っているが、四回言ったという事実は報告書には書かれていない。

書かれているのは「同趣旨の説明を繰り返した」の一行だ。

一行にした判断は、正しかったと思う。

思うが、四回だったことを、私はまだ覚えている。

いまは別の案件にいる。製造業の、原価の計算を作り直す仕事だ。

紙はほとんどない。

ことわり

この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。

しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。

この話の翌週、あなたなら何をする?

同じ現場に立ったとき、どう動くタイプなのか。16問で当たりをつけられます。

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