「それ、誰が見るんですか」と、子会社の経理の人は聞いた
四十八日かかっている連結決算を三十日にする。そのために最初の二ヶ月でやったのは、作業を数えることだけだった――栗林の記録。
決算の作業を、一つずつ数えた。
グループの八社で、六百十二個あった。
一つというのは、たとえば「仮払金の残高を担当者に確認する」くらいの粒度だ。
六百十二個を、誰が、いつ、何分でやっているかを埋めていった。
埋め終わるのに、二ヶ月かかった。
栗林です。三十二歳。中途で入って、三年目になる。
アサイン ―― 九月
クライアントは、フィットネスクラブを運営しているグループだった。
持株会社が一つと、子会社が七社ある。
直営のクラブを運営している会社が三社。ホットヨガが一社。パーソナルの指導をやっている会社が一社。自治体の施設の指定管理を受けている会社が一社。それにサプリメントと物販の会社が一社。
グループの売上は三百八十億円。クラブの数は百二十六。
依頼は、連結の決算を早くすることだった。
いま、連結の数字が確定するのが、決算日から四十八日目になっている。
四半期の開示は、決算日から四十五日以内が目安になる。四十八日では、間に合っていない。
実際には、監査法人と相談して、何とか出している状態だった。
去年、監査法人から文書で指摘が来た。それでこの案件になった。
目標は、三十日だ。
フィーは二千六百万円。期間は六ヶ月。
チームは、マネージャーの土師さんと、一年目の江梨子さんと、私。
私は前の会社で、会計のパッケージを導入するSEを七年やっていた。
導入した現場は、二十三社くらい。そのうち半分は、途中で揉めた。
揉める理由は、だいたい同じだった。システムを入れる前に、作業を数えていないからだ。
立ち上がり ―― 十月
最初に土師さんが決めたのは、「二ヶ月、数えるだけに使う」ということだった。
これは普通ではない。六ヶ月の案件で、二ヶ月を現状の把握に使う。
土師さんは、「栗林さんが前職で見てきた失敗は、全部ここを飛ばしてるからでしょう」と言った。
その通りだった。
やり方は、八社を一社ずつ回ることにした。
一社あたり、半日のヒアリングを二回。
一回目で、決算の作業を全部挙げてもらう。二回目で、挙がったものに時間と担当と期日を入れる。
一回目のヒアリングは、相手が何を言っていいか分からないので、空振りすることが多い。
だから、こちらから聞く順番を決めた。
月初の一日目に何をするか。二日目に何をするか。それを十営業日まで、一日ずつ聞く。
この聞き方にしてから、作業が出てくるようになった。
八社の締めの癖
数えて分かったのは、八社の締めが全部違うということだった。
直営のクラブの三社は、月初の五営業日で締める。これは速い。
理由は、売上がほぼ会費で、口座の振替のデータが月末に確定するからだ。
ホットヨガの会社は、七営業日。
パーソナルの会社は、十営業日かかっていた。
遅い理由は、指導を担当する人への報酬の計算だった。この会社は、指導者のほとんどが業務委託で、一人ずつ単価が違う。セッションの件数を集計して、単価をかける。
セッションの記録が、紙の日誌で上がってくる。
これを経理の二人が入力している。月に二千四百件ある。
指定管理の会社も、十営業日だった。
この会社の経理は、一人だった。
「それ、誰が見るんですか」
指定管理の会社のヒアリングは、十月の二十八日と、十一月の六日だった。
経理をやっている方は、五十五歳の女性だった。この会社に十四年いる。
一回目のヒアリングで、その人が挙げた作業のなかに、月次の内訳表が十二種類あった。
十二種類というのは多い。
施設ごとの収支の表。費目別の表。利用者の区分別の表。人件費の内訳。委託費の内訳。修繕の明細。それ以外にも、六種類あった。
二回目のヒアリングで、私はその十二種類について、誰に出しているかを聞いた。
五種類は、出す先が分からなかった。
正確には、「前任から引き継いだときに作っていたので、作っています」だった。
私は、それを一覧に書いた。書きながら、「これは、やめられますね」と言った。
言ったとき、その人がこう聞いた。
「それ、誰が見るんですか」
私は、一瞬、質問の意味を取り違えた。
やめようとしている表を誰が見ているのかを聞かれたと思って、「出す先が分からないので、たぶん誰も」と答えた。
その人は、「いえ、栗林さんが作ってる一覧のことです」と言った。
六百十二個の一覧のことだった。
私は、答えに詰まった。
詰まった理由は、その一覧を見るのは、最終的には持株会社の管理部長と役員だと分かっていたからだ。
分かっていたが、その人に「あなたの作業が多いことを、本社の人が見ます」とは言えなかった。
言ったのは、「まず、私と土師さんが見ます」だった。
嘘ではない。嘘ではないが、答えていない。
その人は「そうですか」と言って、それ以上聞かなかった。
勘定科目の名前 ―― 十一月
数えるのと並行して、もう一つやっていたことがある。
勘定科目の名寄せだ。
八社の勘定科目の一覧をもらって、同じものを探す作業をした。
クラブの会費の収入が、五通りの名前になっていた。
「会費収入」「月会費収入」「役務収益」「サービス収入」「売上高(会費)」。
全部、同じものだ。
これは、連結のときに手で寄せていた。寄せているのは、持株会社の経理の方が一人でやっていた。
寄せ方のルールは、エクセルのファイルにメモで残っていた。メモは、三年前の日付だった。
入会金の処理も、二通りあった。
ある会社は、入会金を受け取った月に全部収益にしている。別の会社は、平均の在籍の期間で割って、月ごとに分けている。
後者が正しい扱いに近い。前者は、金額が小さいので目立っていなかった。
この二つを揃えるだけで、連結の作業が三日減る見込みになった。
三日は大きい。
揃えるのに必要なのは、システムの改修ではなく、合意だった。
四十八日が何でできているか ―― 十一月の下旬
二ヶ月の終わりに、四十八日の内訳が出た。
子会社の締めに、十営業日。日数では十四日。
連結のパッケージを回収して、内容を確認するのに、八日。
子会社から上がってきた数字に、毎回、質問が出る。質問を投げて返ってくるまでに、平均で一・八日。
連結の仕訳を作って、精算表を組むのに、六日。
開示の資料を作るのに、七日。
監査法人のレビューに、十一日。
足すと四十八日になる。
重なっている部分もあるので、単純な足し算ではない。ただ、どこを削れば何日減るかが、これで見えるようになった。
いちばん大きいのは、子会社の締めの十四日だった。
ここを五営業日にすると、九日減る。
九日減らせば、三十九日になる。三十日には、まだ足りない。
中間報告 ―― 十二月十八日
中間の報告は、持株会社の会議室だった。
出席は、管理部長と、経理部長と、子会社の経理の責任者が七人。
管理部長は五十二歳の方で、この案件を社内で通した人だった。
私が説明したのは、三つだ。
六百十二個の作業の一覧。四十八日の内訳。削る候補。
削る候補として挙げたのが、八十七個だった。
八十七個の基準は、「作った資料を見ている人を特定できない」ものだ。
八十七個のうち、指定管理の会社のものが、十九個あった。
一社で十九個。八社の中でいちばん多い。
この数字を出したとき、会議室で一瞬、音がなくなった。
指定管理の会社の社長が出席していて、その人が「うちが遅いということですか」と聞いた。
私は「作業の数が多いということです」と答えた。
同じことだと思われたと思う。
管理部長が、そこで「これは個社を責める資料じゃないから」と言った。
言ってくれたのは助かった。
助かったが、会議が終わったあとに、指定管理の会社の経理の方から、メールが一通来た。
内容は、十九個のうち五個について、「来年度の指定管理の更新の申請で使う可能性があります」というものだった。
私は、その五個を一覧で「誰も見ていない」に分類していた。
年に一回しか使わない資料は、毎月のヒアリングでは出てこない。
出てこないものを、私は数えられていなかった。
直す ―― 一月
五個を確認した。
結果、三個は本当に使われていた。二個は、使っていた様式が三年前に変わっていて、いまは不要だった。
三個を候補から外して、八十七個が八十四個になった。
数は、ほとんど変わらない。
変わらないのに、私はこの三個のことを、まだ覚えている。
土師さんに報告したとき、土師さんは「よく出てきたね」と言った。
よく出てきた、というのは、相手がメールをくれたという意味だ。
くれなかったら、三月に止まっていた。
それから土師さんは、一覧の全部の行に「年次の作業か」という欄を足すように言った。
六百十二行に、一列足した。
埋めるのに、一月の後半を使った。
年に一回だけの作業が、四十一個見つかった。
最終報告 ―― 二月二十七日
最終の成果物は、工程表と、勘定科目の名寄せの表と、各社の決算の手順書だった。
工程表は、二年に分けた。
一年目で、勘定科目を揃えて、八十四個を削って、パーソナルの会社の報酬の計算をシステムに移す。これで三十八日になる見込みだ。
二年目で、連結のパッケージをシステムに載せて、監査法人との進め方を変える。ここで三十日を狙う。
二年目の部分は、正直、私たちが置いた数字だ。
監査法人のレビューの十一日が短くなるかどうかは、相手の都合がある。
その前提を、報告書の脚注に書いた。
管理部長は、最後に「一年目はやれそうですね」と言った。
二年目のことは、言わなかった。
生活 ―― 三十二歳
年収は六百九十万円だ。
前の会社は五百四十万円だった。
家賃は八万八千円。独りで住んでいる。
この案件の残業は、十月と十一月が月に七十時間くらい。十二月が九十時間。一月と二月は五十時間くらいだった。
ヒアリングで八社を回るので、移動が多かった。
一社は、電車で一時間四十分かかるところにあった。
身体の話をすると、肩だった。
左の肩から腕にかけて、痺れが出るようになった。十一月の後半からだ。
六百十二行のエクセルを、一日に六時間くらい触っていた。
キーボードを買い替えた。一万四千円のもので、手首の角度が変わるやつだ。
効いた気がする。気がするだけかもしれない。
整形外科にも行った。レントゲンを撮って、首の骨の並びだと言われた。
湿布をもらって、四週間貼った。
お金の話で、一つある。
私は簿記の一級を持っていない。二級までだ。
会社に資格の手当があって、一級だと月に一万円出る。
この案件の途中で、一級の勉強を始めようとして、テキストを買った。四千四百円だった。
十二月に、三十ページで止まっている。
まだ机の上にある。
もう一つ。ヒアリングで回った八社のうち、三社はクラブの中に事務所があった。
事務所の壁の向こうで、ランニングマシンが動いている音がする。
一定のリズムで、人が走っている。
その音を聞きながら、作業の時間を聞き取っていた。
一度、見学させてもらった。平日の十五時で、使っている人は十四人いた。
十四人のうち、十一人が六十代より上に見えた。
後記 ―― 翌年の五月
一年後に、管理部長からメールが来た。
三月の決算は、四十一日だったと書いてあった。
目標の三十八日には届いていない。
届かなかった理由は、パーソナルの会社の報酬の計算のシステム化が、三ヶ月遅れたからだ。
遅れた理由は、業務委託の単価の情報が、紙の契約書にしかなかったからだった。
二千四百件のセッションの記録は入力できるようになった。単価のマスタが作れなかった。
これは、私が数えた六百十二個の中では「単価表を確認する」の一行だった。
一行だったものが、三ヶ月になった。
それから、もう一つ書いてあった。
指定管理の会社の経理の方が、三月末で辞めたらしい。
理由は書いていなかった。定年ではない。五十六歳だ。
辞める前に、手順書を作っていったと書いてあった。
その手順書は、私たちが作った様式を使っているらしい。
十二種類の内訳表は、七種類になっている。
七種類を、いまは誰が作っているのかは、書いていなかった。
いまは別の案件にいる。建材の会社の、原価の計算を作り直す仕事だ。
作業を数えるところから始めている。
数えるのは、やっぱり楽しい。
この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。
しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。