体験記 No. 99

満員だった公演が、いちばん損をしていた

案件コンサート興行会社・収益構造の見直しと会場ポートフォリオの再設計
話の中心アサイン
語り手鳥羽 / 36歳・シニアマネージャー1年目
読了約9分 · 5,600字
案件の時間軸 ―― 着任から最終報告までの、ひと通り
アサイン
立ち上がり
仮説構築
中間報告
最終報告
八千二百人で三百万円の赤字落ちた提案書

提案は一度落ちた。「分析の話ばかりで、ライブのことが書いてない」と言われた――鳥羽が、売る側に回った最初の年に受けた案件の記録。

その公演は、満員だった。

アリーナで、動員が八千二百人。チケットの平均単価が八千八百円。

チケットの売上が、七千二百万円。

その公演の損益は、三百万円のマイナスだった。

満員で、赤字だった。

鳥羽です。三十六歳。シニアマネージャーになって、一年目になる。

アサイン ―― 四月、一度落ちる

話が来たのは、銀行の紹介だった。

クライアントは、コンサートの興行をやっている会社だ。

年間の公演が二百四十本。会場は、アリーナからホール、ライブハウスまで。

売上は九十六億円。従業員は八十一人。

社長は六十七歳で、この会社を四十一年前に自分で作った方だった。

コンサルティングを入れたことが、一度もない会社だった。

提案の依頼は、「収益構造を見てほしい」という一行だけだった。

私は、シニアマネージャーになってから、提案を書くのが二件目だった。

去年までは、マネージャーとして、提案に呼ばれて分析のところを書いていた。

いまは、全部を書く側になった。

一回目の提案書は、二十八ページ書いた。

書いたのは、公演を単位にした損益を作ること。会場の種類ごとに利益率を比べること。宣伝費の効率を見ること。

分析の設計としては、悪くないと思っていた。

四月十六日の十五時に、提案の場に行った。

出席は、社長と、取締役が二人と、制作部の部長。

説明は二十五分で終わった。

質問が三つあって、そのあと社長がこう言った。

「鳥羽さん、これ、分析の話ばっかりで、ライブのことが書いてないね」

私は、何と答えたか覚えていない。

覚えているのは、その場で「もう一度、持ってきていいですか」と言ったことだ。

社長は「いいよ」と言った。

「いいよ」のあとに、「でも、あと二社来るから」と言われた。

三公演を見に行く ―― 四月の下旬

提案を直すまでに、二週間あった。

二週間で何をするかを、パートナーの津島さんに相談した。

津島さんは、「で、鳥羽さんはライブ行ったことあるの」と聞いた。

高校生のときに二回ある。それ以降はない。

津島さんは「じゃあ行ってきて」と言った。それだけだった。

私は、そのクライアントが主催している公演を三本、自分でチケットを買って見に行った。

経費では落とさなかった。落とせるかどうか微妙だったし、聞くのが面倒だった。

三本で、一万九千四百円だった。

一本目は、アリーナの公演だった。動員が八千人くらい。

私の席は、最後列から三列目だった。

ステージが遠い。人がどの人なのか、顔では分からない。

分かるのは、音と、照明と、八千人が同じタイミングで手を上げることだった。

終わったあと、物販の列が百五十メートルくらい続いていた。

二本目は、ホールの公演だった。千二百席で、満席だった。

こちらは、顔が見えた。

出演している方が、曲の間に客席に話しかけていた。話した内容は、前の年に同じホールで公演をやったときのことだった。

客席から、笑いが起きた。

三本目は、ライブハウスだった。二百人くらい入っていた。

立ち見で、二時間立っていた。

終わる頃に、膝の裏が痛くなった。

三本見て、分かったことが一つあった。

公演は、同じ商品ではない。

同じ会社が売っている二百四十本が、全部違う商売をしている。

アリーナの八千人と、ライブハウスの二百人は、売上が四十倍違う。利益の出方は、たぶん四十倍ではない。

一回目の提案書には、それが書いていなかった。

書いていたのは「会場の種類ごとに利益率を比べる」で、それは正しいが、相手の商売の手触りがない。

二回目の提案 ―― 五月七日

二回目の提案書は、十九ページにした。

減らした。

一ページ目に、私が見に行った三本の公演の、座席数と動員と、私の席の場所を書いた。

二ページ目に、その三本が、たぶん全部違う損益になっているという仮説を書いた。

三ページ目から、やり方を書いた。

会場は、固定費の塊だということ。会場費と、設備と、運営の人の数は、入った人数で変わらない。

だから、会場の大きさと動員の組み合わせで、損益が決まる。

その組み合わせを、二百四十本について全部作る。

説明の最後に、社長が一つだけ聞いた。

「ライブハウスの、二時間立ってたんだ?」

はい、と答えた。

社長は笑って、「あれ、しんどいでしょ」と言った。

受注の連絡が来たのは、二日後だった。

フィーは二千二百万円。期間は四ヶ月。チームは、マネージャーの針生さんと、三年目の浦上さんと、私。

二社来ると言われた他の二社がどうだったのかは、聞いていない。

受注が決まってから、人を決めるのに四日かかった。

シニアマネージャーになって変わったのは、ここだった。

マネージャーのときは、張られる側だった。いまは、空いている人の一覧を見て、頼む側になる。

一覧には、十一人の名前が載っていた。

そのうち、七月まで空いているのは四人だった。

四人のうち二人は、別の提案の候補に入っていた。候補に入っている人を取ると、その提案を書いている人に電話をすることになる。

電話を一本かけた。相手はパートナーの方で、「いいよ」と言ってくれた。

その「いいよ」が、何に対する貸しになったのかは、まだ分かっていない。

浦上さんは、三年目で、この会社の案件に興味を持っていた。

面談のときに「ライブ、行きますか」と聞いたら、「月に一回くらい」と言われた。

私より多い。

立ち上がり ―― 五月の下旬

最初にやったのは、公演別の損益を作ることだった。

必要なデータは、六つに分かれていた。

チケットの販売は、販売の会社のシステム。会場費は、契約の書類。出演料は、制作部が持っている精算の書類。制作費は、経理の仕訳。宣伝費は、宣伝の担当者のエクセル。グッズは、物販の会社の報告書。

六つを公演の単位で突き合わせる。

突き合わせるための鍵が、公演のコードだった。

公演のコードは、社内で三種類あった。

制作部が使うコードと、経理が使うコードと、チケットの販売会社が使うコードが、それぞれ別だ。

対応表はなかった。

作った。二百四十本ぶんで、三週間かかった。

浦上さんが主にやって、私も夜に手伝った。

手伝っていて、十四本、どうしても紐づかないものが出た。

紐づかない理由は、公演が延期になって、別の日に振り替えられていたからだった。

振り替えのときに、制作部は新しいコードを振り、経理は元のコードを使い続けていた。

この十四本は、別に集計することにした。

満員の公演 ―― 六月

損益が揃ったのは、六月の中旬だった。

二百四十本を、利益の額で並べた。

上から三十本のうち、二十二本がホールの公演だった。座席数が八百から二千のところだ。

下から三十本のうち、十九本がアリーナだった。

その中に、冒頭の公演がある。

動員八千二百人。チケットの売上が七千二百万円。

会場費が、三日ぶんで千八百万円。仕込みに二日かかるので、三日借りている。

設備が、音響と照明と映像で二千百万円。

運営の人が、警備と案内で合わせて百四十人。一千二百万円。

出演料が二千四百万円。

宣伝が四百万円。

足すと、七千九百万円。

チケットが七千二百万円で、グッズの粗利が四百万円。合計七千六百万円。

差が、三百万円のマイナスだった。

これを針生さんに見せたとき、針生さんは「満員なのに」と言った。

満員だから、だった。

その会場を選んだのは、動員が八千人入ると見込んだからだ。見込みは当たっている。

当たっているのに赤字なのは、その会場の原価が、八千人では足りないからだった。

必要な動員は、計算すると一万人を超えていた。

その会場のキャパシティは、座席の配置で変えられる。この公演は、ステージを広く作ったので、売れる席が八千四百しかなかった。

ステージを広く作ったのは、出演している方の希望だった。

制作部長の話

この結果を、制作部の部長に見せた。

五十四歳の方で、この会社に二十九年いる。

その人は、損益の表を見て、しばらく黙っていた。

それから、こう言った。

「鳥羽さん、あの公演は、やらなきゃいけない公演なんです」

理由を聞いた。

その出演している方は、この会社と十五年やっている。

十五年のうち、最初の七年は、二百人のライブハウスだった。

アリーナでやれるようになったのが、三年前だ。

今年アリーナでやらないと、来年は別の会社が声をかける。

「三百万円は、十五年の三百万円なんです」

私は、それを聞いて、「分かります」と言った。

言ったあとに、分かると言ってしまったことを、少し後悔した。

後悔したのは、その場で納得してしまったからだ。

納得したら、分析の切れ味が落ちる。

十九本の赤字のアリーナ公演の、全部に十五年の話があるとは思えない。

どれが本当に十五年で、どれが惰性なのかを分けるのが、私の仕事だった。

中間報告 ―― 七月十八日

中間の報告で、私は会場を三つに分けた。

一つ、取りに行く会場。座席数と動員の組み合わせで、利益が出やすいところ。ホールが主になる。

二つ、使わない会場。原価が高くて、この会社の動員では埋まらないところ。五箇所あった。

三つ、赤字を承知で使う会場。関係のために使う枠。

三つ目の枠を、私は年間で十二本と置いた。

十二本の根拠は、赤字の額の合計を、営業利益の五パーセント以内に収めることだった。

社長は、この三つ目の数字だけを見た。

そして「十二本じゃ足りないね」と言った。

社長が言ったのは、二十本だった。

二十本にすると、赤字の合計が営業利益の九パーセントになる。

私は「九パーセントになります」と言った。

社長は「うん」と言った。

それで終わった。

最終報告 ―― 九月二十四日

最終の報告では、二十本の前提で工程表を作り直した。

作り直したのは、私の判断ではない。社長の数字が決まっているので、そこに合わせるしかない。

合わせたうえで、「どの二十本を選ぶか」の基準を作った。

基準は三つにした。

付き合いの年数。過去三年の動員の伸び。その出演者が小さい会場で埋めた実績。

この三つで点数をつけて、制作部が毎年並べ替える。

社長は、この基準の資料を、十分くらい見ていた。

見終わってから、「これは使えるね」と言った。

使えると言われたのは、三つ目の基準だったらしい。

小さい会場で埋めた実績。

「それが無い人を大きい会場に出すと、うちが損するんだよ」

四十一年やっている人が、そう言った。

ただ、その基準で去年の公演を並べ替えてみると、二十本のうち七本が枠から外れる。

外れた七本のうち二本は、制作部の部長が十五年の話をした人だった。

そのことは、その日は誰も言わなかった。

私も言わなかった。

生活 ―― 三十六歳

年収は千四百二十万円だ。シニアマネージャーになって、二百万円くらい上がった。

上がった代わりに、提案を書く量が増えた。

今期、提案は七件書いて、取れたのが三件だ。

取れなかった四件ぶんの時間は、請求先がない。

家賃は十四万円。独りで住んでいる。

残業は、五月から九月で、月に八十時間から百時間だった。

提案を書いていた四月は、六十時間しかない。提案の時間は、残業として付けにくい。

身体の話を書くと、膝だった。

ライブハウスで二時間立って、翌日に膝の裏が痛くなった。

それ以降、公演に行くたびに同じところが痛む。四ヶ月で、公演には九回行った。

九回のうち七回は、立ち見ではない。それでも痛い。

整形外科には行っていない。

もう一つ、耳だった。

アリーナの公演の音は、思ったより大きい。

一本目の公演の翌日、左の耳が半日くらい詰まっていた。

二本目からは、耳栓を持っていくようになった。

音楽用のもので、三千二百円だった。

これを使っていることを、クライアントには言っていない。

言えない理由を、自分でもうまく説明できない。

後記 ―― 翌年の六月

半年後に、制作部の部長からメールが来た。

去年のアリーナの公演のうち、一本だけ会場を変えたらしい。

変えたのは、座席数が四千のところだ。

動員が三千八百人で、損益は六百万円のプラスだった。

出演していた方は、最初は嫌がったと書いてあった。

アリーナから、半分の会場に下げることになるからだ。

嫌がったが、やってみたら、終わったあとに「近かった」と言ったらしい。

近かった、が褒め言葉なのかどうかは、書いていなかった。

残りの十九本は、去年と同じ会場でやっている。

赤字を承知で使う枠は、二十本の予定が、実績で二十三本になった。

三本増えた理由は、書いていなかった。

一回目に落ちた提案書は、まだ手元のフォルダに入っている。

二十八ページのうち、分析の設計のページは、いまでも悪くないと思う。

悪くないのに落ちた。

落ちた理由を、社長は一言で言った。

いまは別の案件にいる。食品の会社の、販売の組織を作り直す話だ。

その会社の商品は、二百四十種類ある。

商品ごとの損益を、いま作っている。

ことわり

この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。

しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。

この話の翌週、あなたなら何をする?

同じ現場に立ったとき、どう動くタイプなのか。16問で当たりをつけられます。

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